相手の立場に立つことの難しさ

コンビニへ行って買い物をする。商品を店員に差し出す。

会計が始まり、電子決済か現金か、クレジットか。いずれにせよ貨幣と商品の交換が実現する。お互いに大きな不満はない。

でもこれ、他の動物が真似できるものではないらしい。それらしき行動はあり得るだろうが、通常は自分の所持する食糧やその他の物を「他者の何か別のものと換える」ということはないそうだ。

そう。お金は大事だ。多くの細かいことは、お金で解決しうる。そして、その細かいことこそ、人々が日常を生きるということと大きく関係している。

ではいったい、なぜ人間だけが、正体も明確には分からない電子音に耳を澄ませながら、交換を受け入れるのか。コンピュータの承認の合図に納得し、交換が成立するのか。

その大きな理由が「相手の立場に立って考えることができる」という人間の性質によるものだという。

結局、この交換・合意というのは、ルールによるものなのだ。ルールは、当事者がお互いに守ろうとしなければ成立しない。そのことが、暗黙のうちに「相手の立場に立って考えている」ということなのだ。ルールを破ることが、窃盗であり強盗ともいえる。

そう考えることができると、日々の営業活動、現場活動にもやや違いが出てくるかもしれない。