豊臣秀吉がまだ若く、信長の家来になるかならないかの頃。
清州城の外堀にあった武家の邸の境界に、せっせと生け垣を作り始めた。その武士は最近結婚したばかり。
秀吉は「御武家様のためを思い、プライバシーが守られるように」、という趣旨で、自ら植樹し生け垣を作っていく。そして「手入れも一切不要。私が面倒を見ます。ご安心を」、とまで言う。家主は快くその申し出を受ける。
さて、気付いてみれば、その家の周りばかりではない、何軒もの家で同じように言って生け垣を作る。当然、武士たちの評判となり、好感を持たれる。
春になって樹木の手入れの時期が来た。秀吉は、本当に生け垣の手入れに来た。武士たちがさらにざわめく。誰かが「足軽に昇進させてやったら」、と信長に進言する。
信長は事情を聞いておかしいなと思い、生け垣を見に行ったあとで、秀吉を呼びつけた。そして「お前、いくら儲けたんだ」と、いきなり金切り声を上げる。
「お前が植え込みに用いたのは『うこぎの樹』。これは煎じて飲めば腹痛に効くというものだ。それを陽当たりのよい場所に植え、葉を取り入れて津島の薬草店に売れば、最初の費用はかかろうが、それ以上、かなりの利益が出でいるはずだ」と一喝。秀吉は、青ざめた顔で「儲けはすべて納めます」と言うしかなかった。秀吉の魂胆はすべて見抜かれていたというわけ。
ところが、ここからが信長のすごいところ。「脅して盗れば、罪になる。しかし、喜ばせて儲ならば、商売だ。そのように考え実行できる人物は、私の周りにはそれほど多くはない」、といって、即座に城内の薪・炭などの調達係に任命されたという。
これを考え出すだけでも相当な知恵者だが、世間には、そうしたことを仮に考えついたとしても実行せずにやり過ごす人が多い。手っ取り早く目先のモノをつかみ取ってそれで帳尻を合わせる。こんな変化の時期なのに、変わりたくない人は多い。
樹木の効用でさえ、少し考えれば様々に展開できるのだから、ましてや各種の工業製品や電子機器 ならどれだけ広がりがあるだろう。
そこで思いついているあなた? 思っているだけでなく、実行する時が来ていますよ。